飛行機や自動車などのメカニズムをヴィジュアルで解説する手法には、写真やイラストがある。「百分の一見に如かず」、「目は口ほどのものを言う」というように、実物を手に取るように見せてくれる、ビジュアルは物事を理解するうえで、極めて有効な手段である。
ところで、写真は実物を正確に描写できるのならば、イラストは不要ではないか?と思う人間がいるかもしれない。しかし、イラストには写真が逆立ちしても出来ない優れた特長がある。それは、必要な部分を強調できる、ということである。
例えば、こがしゅうと先生の「アナタノ知ラナイ兵器4」を見てみよう。
例は、「アナタノ知ラナイ兵器 4」に掲載された機上作業練習機「白菊」であるが、斜め上後方の視点で、なんと主翼がない状態で書かれているのである。こうすることで、出入り口や観測窓の構成を容易に理解することができる。
同じこがしゅうと先生の「白菊」の図解には飛行時と着陸時のイラストが描かれているが、仮に写真で同じアングルを撮影する場合、飛行時、つまり、博物館などで、天井から吊り下げた状態で撮影するしか方法がない。
このように、イラストには写真にはできない優れた特長があるのだが、中には問題作もあるようだ。
「超ワイド&精密図解 日本海軍艦艇図鑑」(歴史群像編集部編 2020年 9月04日発行 学研)というムックがある。隔月間誌『歴史群像』で過去に取り上げられた旧帝国海軍艦艇の外観や構造の図解をまとめたものである。
この中で 「軽巡・駆逐艦」の章で、「[図説]九三式魚雷の構造」(イラストレーション:大澤郁甫)として見開きで掲載されている。
九三式魚雷の内部構造を分かりやすく立体的に表現した図、と言いたいが、よく見ると奇妙である。
呉市の『大和ミュージアム』には、九三式魚雷の後部が置かれてあるが、2つのクランクケースがスクリュー回転軸カバーを挟み込むように配置されていた。
つまり、九三式魚雷では、「単気筒の往復動クランク式ガス圧モータ」を並列に配置し、中央部にある傘歯車機構で出力軸を直角に変換してスクリューを作動させるという構造である。
ところが、「日本海軍艦艇図鑑」に記載の九三式魚雷の構造イラストでは、いわゆる「シリンダー」がひとつしか描かれておらず、細部の機構も大和ミュージアム展示の現物とは大きく異なっている。
下の図は、インターネットから拾ってきた米海軍のマーク7魚雷の構造説明動画のひとコマである。マーク7魚雷は、日本の九三式魚雷と違って蒸気タービン駆動であるが、燃料タンクの配置や配管などが、3次元的に表現されており、内部の複雑な構造が一目で判る。
一方、[図説] 九三式魚雷では、『シリンダー』と『主軸』の回転方向が直角になっているが、どのようなメカニズムによって、回転方向を変更しているかはまったく判らない。また、二重反転スクリューを動かすための機構も見当たらない。さらに、良く見ると、魚雷の「ひれ」が縦横配置ではなく、X字配置に見える。
実は、九三式魚雷の 「縦ひれ」の上側には、魚雷発射管内の上部にあるT字断面の「導溝」と嵌合する「導子」が付いているのだが、図のようなX字配置では、導溝と嵌合できないことになる。
結局、この図は、従来から発表されている九三式魚雷の断面図を立体っぽく描いているようにしか見えない。しかも、斜めにした状態で描いてるため、「ひれ」の配置がX字形に見えるのである。
立体形状で表現するメリットは判りにくい構造を視覚的に理解しやすくなることであるが、その意味がないのであれば、わざわざ、立体っぽく描く必要はない。「超ワイド&精密図解」といううたい文句が泣くというものである。
閑話休題
この図を初めて見た時の第一印象は、よくこの程度のものを載せたな、である。描く方も描く方であるが、編集者はまったくノーチェックだったのであろうか?
★引用
・ アナタノ知ラナイ兵器 4
(こがしゅうと 2016年6月09日発行㈱大日本絵画)ISBN978-4-499-23178-7
・「超ワイド&精密図解 日本海軍艦艇図鑑」
(歴史群像編集部編 2020年 9月04日発行 学研)ISBN-978-4-05-610870-5
・ 軍艦メカニズム図鑑 ー 日本の駆逐艦
(森 恒英 1995年1月12日発行 グランプリ出版)(ISBN4-87687-154-X)